腸を鍛えるTraining the Gut
長時間の運動や、高強度の運動の場合、1時間当たりの炭水化物摂取量を増やすことで、アスリートのパフォーマンスアップが期待できます。レース中の炭水化物の摂取量は、完走時間と正の相関関係があることが示されている研究もあります。[1]
分かりやすい例として、エリウド・キプチョゲ選手はベルリン・マラソンにおいて、1時間あたり100グラム以上の炭水化物を摂取していました。
しかし一方で、吐き気や胃腸トラブルとの相関関係も指摘されています。食生活やこれまでの生活習慣が大きく影響するため、個人差は大きい分野ではありますが、このガイドでは、胃腸のトラブルを回避し、1時間当たりの炭水化物摂取量を増やす可能性を秘めた腸(ガット)トレーニングについてご紹介します。
腸(ガット)トレーニングとは
腸トレーニングとは、運動中や運動前後に炭水化物の摂取量を段階的に増やし、腸の耐性や処理能力を高めることで、より多くの炭水化物を消化吸収できるよう身体を慣らすトレーニングです。
腸を鍛えることで、胃内容排出や満腹感の改善(膨満感の軽減)、多量摂取への耐性向上、吸収速度の向上、残留量の減少など、運動中に発生する胃腸障害が緩和される可能性が考えられています。
炭水化物を主なエネルギー源とするアスリートは、腸トレーニングを行うことで、1時間あたりに吸収できる炭水化物量が増加し、パフォーマンス向上に繋がる可能性があります。[2]
そもそも炭水化物量が足りていない?
ACSM(アメリカスポーツ医学会)によると、1時間を超える運動を行う場合には、1時間あたり30~60gの炭水化物、または体重1kgあたり0.7gの炭水化物を摂取すべきであると推奨されています。
2012年の持久系スポーツを対象にした研究によると、マラソンランナーの73%が、1時間あたり35gしか炭水化物を摂取しておらず、ACSMの推奨する摂取量を満たせていなかったことが明らかになりました。[1]
日本国内でも、「補給は1時間にジェル一つ」など、根拠があいまいな補給戦略が広く信じられて実践されているケースが見られます。もしあなたが現在、1時間あたりの炭水化物摂取量が少なく、胃腸に不調を感じていない場合、まずは1時間あたり30〜60gの炭水化物摂取を目標にしてみることをおすすめします。
まずは胃腸障害の原因を取り除こう
腸のトレーニングを始める前に、レース中の胃腸障害につながる一般的な原因を取り除くことが重要です。レースが近い場合は、これから紹介する4つの項目に気をつけてください。
食物繊維とFODMAPを取り除く
食物繊維は、胃内容物の排出を遅らせるため、食べ物が胃から腸に到達するまでの時間がかかり、吸収が遅れてお腹の張りなどの胃腸トラブルの原因となります。
FODMAPとは、発酵性糖質を多く含む小腸で吸収されにくい食品の総称です。
FODMAPを過剰摂取すると、小腸内の糖質濃度が高くなる原因となります。そうなると、身体は糖質の濃度を薄めるために水分を小腸に集めようとし、腹痛やお腹の張りのといった症状を引き起こすことがあります。[3]
レースの1~3日前から、高FODMAP食品や食物繊維を減らし、レース中の胃腸トラブルのリスクを軽減しましょう。高FODMAP食品と低FODMAP食品の一覧は、こちらでご確認いただけます。
水分補給をする
レース中の水分補給は、炭水化物の補給と同様に重要です。適切な水分補給を行うことで、パフォーマンスの低下を防ぎ、快適に運動を続けることができます。
また小腸内に糖質が過剰に摂取されると、身体は糖質の濃度を薄めるために水分を小腸に集めようとします。これにより、腹痛やお腹の張りといった症状が現れることがあります。
そのため、糖質を補給する際には、同時に十分な水分を摂取し、小腸内の糖質濃度を適切に保つことが大切です。
デュアルソース製品を使用する
グルコースを大量に摂取すると、小腸内のSGLT1という輸送体のみで吸収しようとするため、糖の吸収が追いつかず、小腸内に糖質が残ることがあります。これが、胃腸トラブルの原因となるケースがあります。
フルクトースを混ぜたデュアルソース製品を使用することで、SGLT1とGLUT-5という2種類の輸送体を用いて糖質を吸収するマルチトランスポーター法となり、より効率的に糖質を吸収することができます。その結果、小腸内に残る糖質が減少し、胃腸障害のリスクを軽減できる可能性があります。[4]
過度な炭水化物抜きダイエットはしない
日常的に低炭水化物ダイエットやケトジェニックダイエットを実践している場合や、減量のために炭水化物摂取量を減らしている場合、競技中の炭水化物の吸収能力が低下し、胃腸障害を引き起こす可能性があります。[2]
腸(ガット)トレーニングの方法
ターゲットレースの5〜10週間前から開始
少なくとも週に1〜2回 、ターゲットレースの5〜10 週間ほど前から余裕を持って取り組むことをおすすめします。[5]
運動中の炭水化物摂取量を徐々に増やす
長めのトレーニングセッションまたはレースの強度に近いトレーニングで実施します。まずはトラブルが発生しない量からスタートし、慣れてきたら少しずつ摂取量を増やします。
例えば日常から1時間あたり30gの炭水化物を補給して胃腸障害が発生していない場合、次のセッションでは45gに増やすなどし、目標量まで少しずつ炭水化物量を増やします。
1時間あたりに吸収できる炭水化物の量は90gと言われています。ただし、これはブドウ糖(またはマルトデキストリン)と果糖を同時に摂取した場合のみ可能です。1時間あたり60g以上の炭水化物摂取(またはそれに近い)を目指す場合は、carbデュアルソースエナジージェルなどの、デュアルソース製品を選んでください。また、適切な電解質補給と水分補給も忘れずに行いましょう。
レース中の補給戦略を全て試す
レース当日に使用する予定の補給食は、事前に十分に試しておきましょう。特に、レースで初めて使用する補給食品は、トラブルの原因となる可能性があります。
トレーニング中に、どのような状況でどの補給食が体に合うか、どのようなペースで摂取すると良いかなどを確認しておくことが大切です。問題なく消化でき、パフォーマンスが向上すると感じられるものをレースに持ち込みましょう。