胃内容排出速度 (Gastric Emptying Rate / GER)
胃内容排出速度とは、口から摂取した飲食物が胃から小腸へと送り出される速さのことです。栄養素や水分は主に小腸で吸収されるため、この速度が、体に必要な成分がどれだけ速く効率的に利用されるかを大きく左右します。
持久系アスリートにとって、特に運動中の水分やエネルギー補給においては、この胃内容排出速度が非常に重要です。補給食(ジェルやバーなど)が胃に長く留まると、胃の不快感や消化不良の原因となる可能性があります。
糖質濃度が高いほど、胃内容排出速度は遅くなる傾向があります。ある研究では、10%程度(水100mlあたり糖質10g)の糖質濃度であれば、胃内容排出速度のボトルネックになりにくいとされています。
しかし、これまでの食生活やトレーニングにおける補給習慣、そして運動強度によっても対応できる糖質濃度は変化します。そのため、日々のトレーニングで実際に試しながら、ご自身に合った糖質濃度を見つけるのが良いでしょう。

GERを左右する複合的な要因
GERは単一の要因で決まるのではなく、複数の要素が複雑に絡み合って制御されています。特に持久系アスリートが知っておくべき主要な要因は以下の通りです。
糖質濃度
摂取する飲料やジェルのカロリー含有量が、GERを決定する最も重要な変数の一つです 。カロリーが高いほど、胃は慎重に内容物を小腸へ送り出すため、GERは遅くなる傾向があります 。6
一般的に、糖質濃度が8%を超えると、水分補給を目的とした場合のGERは著しく遅くなる可能性が指摘されています。5
運動強度
中強度までの運動(最大酸素摂取量の約75%未満)では、GERは安静時とほとんど変わらないか、むしろ促進されることさえあります。6
最大酸素摂取量の75%を超えるような高強度の運動になると、活動筋への血流が優先され、消化管への血流が減少します。これにより、GERは著しく抑制される傾向があります
GERを速めるための栄養戦略
近年の研究により、高濃度の糖質を摂取しつつも、GERへの悪影響を最小限に抑えるための具体的な栄養戦略が明らかになってきました。
複数の糖質を同時摂取する(MTC:複数輸送可能糖質)
これまで「高濃度=GERが遅い」と考えられてきましたが、糖質の種類を工夫することで、この課題を克服できる可能性が示されています。特に注目されているのが、グルコース(またはマルトデキストリン)とフルクトースを組み合わせる「MTC(Multiple Transportable Carbohydrates)」という考え方です。
ある研究では、グルコース単独の溶液よりも、グルコースとフルクトースを組み合わせた溶液の方が、GERが速まり、水分の吸収も促進されたと報告されています 。5
これは、異なる糖質が小腸で別々の吸収経路(輸送体)を利用するため、吸収のボトルネックが解消され、結果として胃からの排出もスムーズになるためと考えられます。高糖質摂取を目指すアスリートにとって、MTCは極めて有効な戦略と言えます。
胃腸トレーニング(ガットトレーニング)
GERは固定的なものではなく、トレーニングによって向上させることが可能です。これを「胃腸トレーニング(Training the Gut)」と呼びます 。
トレーニング中に計画的に糖質を摂取し、徐々にその量や濃度に慣れていくことで、胃腸が適応します。研究では、高糖質の食事を数日間続けるだけで、胃が糖質を排出する速度が速くなることが示されています 。3